紺青はその昔
金青と表現されていた。
この霊峰から湧いた水で
世界一のwhiskyを作って欲しいと願い描いた。
後にわかった事ではあるが
私の尊敬してやまない先輩の
誕生色は
金青であった。
『底無し沼だからあそこへ入っちゃだめ』
『危険ですので立入を禁止します』
よく悪戯をしたその沼を10年ぶりに訪れた。
遊歩道ができ、
桜は満開。
沼はコンクリートで固められていた。
遊歩道の脇には小川に似た流れが創られていたが、
行き場を無くした花びらがひしめき合っていた。
沈んだ花びら。
浮かんだ花びら。
あの底無しの沼に想いを馳せながら、
差し込む木漏れ日を見ていた。
ポツ
ポツ
ぽつ
カナカナカナ
蜩(ひぐらし)が夜を呼ぶ
声は重なり
混ざり
また沈黙する
左から
右から
カナカナカナ
さっきまでたくさんの傘が咲いていた夜の繁華街は、
水溜まりと人々で賑やかだった。
ネオンが埋めつくす建物の中は、
きっと愉しみであふれているだろう。
私は水溜まりを飛び越えているところ。
次は左足で踏み切ろう。
今度は両足て着地してみよう。
また雨粒が堕ちて来た。
ネオンがゆがむ。
傘が咲きだす。
私は一人。
右
左
右
大学を出てから何を描こうか考えていた。
ふらふらと散歩を繰り返す毎日。
慣れは真新しさを食べてしまうようで、
何を見ても心が反応しない。
どうやって抜け出せばよいのか…
とりあえず手を動かす。
今こうして久しぶりに対面すると、
澱んでいたのは水面ではなく、
私だったのかと思わずにはいられない。
よどんだ自分がもう一枚
懐かしい
ゆがむ
夕方
澱んでいた私は、
いつものようにフラフラと散歩へ出かけた。
ゆっくりと鉄橋を進む。
黄色い各駅停車が見えた。
乗客の表情がしっかりと見てとれるスピードで、
次の駅に止まる準備をしていた。
一駅づつ
丁寧に停車を繰り返しながら、
様々な人々を運んでいる。
その一人ひとりの頭の中を覗いたような残像が、
形を変え、
色を変え、
水面に浮かんだのを見たとき、
スッキリとした意欲が湧き出した。
手にとれない人の気配。
何を描くかで悩んでいた私が
何を表現したいのか真剣に見つめたこの頃。
今思い返せば、
長い制作人生の1テーマをここで手に入れたような気がする。
毎日色々な表情をみせてくれるものは
世の中にいろいろあるものなんだなと思う。
時間が変わり
天候が変わり
いつもの土手でまたうずくまる。
今日は良い天気だった。
風も穏やかで
ゆったりとした一日だった。
揺らぐ各駅停車には、
どんこう
という呼び名が
ふさわしい。
花見川と名前が付いてはいるが、
正直花のイメージからは掛け離れた川が流れている。
サイクリングロードは延々と
50キロ上流まで続いていて、
少年の思い切った旅の
行き先だったその道の最後は、
ひょうたんのなる
鄙びた畑で終わっている。
列車から見ていた川が、
それだと気づくまで
すっかり忘れていたが、
旅の終りに出会った
あの切ない光景。
帰り道はなんと遠く感じた事か。
ただ帰りたい。
ペダルを漕いだ。
秋の夕暮れだった。
今
太平洋へ向かって流れる水の上を
直角に 終電が家へ向かう。
傘に付いた水滴と湿気で蒸した車内。
頼りないエアコンのドライ機能。
手摺りに掛けられたままの忘れられた傘。
憂鬱な風景
傘をさして水面を見つめ続ける。
疲れ
苛立ち
この労力は無意味だと自分にぶつけてはあきらめて、
また見つめては苛立って、
気持ちは萎んで。
それでも土手下にうずくまり続けた私は、
徐々に憂鬱の向こう側へ足を踏み入れてゆく。
濡れたシャツも
スケッチブックも
持ちづらい傘も
何も気にならない
どこまでも行ける
そんな気分になった。
何時間か経った頃
出会う一本の美しい線。
車窓から漏れた明かりが
雨粒で砕かれた一瞬に
ときめく。
どうやら
憂鬱の向こう側には
新しい景色が広がっているようだ。
後ろ足たくましく
鼓膜丸出しで
指の間に水掻き
平泳ぎ
下瞼を閉じ
指先に吸盤
オスは鳴く
食べ物はイキモノ
カエルが
帰りの電車を見送り
飛び込んだ
風が止まった
海と陸の呼吸が揃った
朝と夕に一度づつ
凪が来る
すっかり落ち着いた漁船も
遠くに見える細い運河も
ゆっくりと碧の中へ浸ってゆく
まばたきをした後にだけ
暮れている事に気がつくような
ゆったりとした時間
やがて碧は漆黒へと変わり
陸からの風が海へと向かうころ
すべてが眠りにつく
夕凪のあとの風は
全てのイキモノの寝息から
生まれる
空港からは今日も
今も
季節を飛び越え飛行機が飛んでいく。
アタッシュケースに
トランクに
沢山の想いを詰め込んで
空港へ向かう人々が見えた。
座席に座る疲れたサラリーマンは
羨ましそうに
恨めしそうに
紅いスカーフを睨み、
車内を行ったり来たりするビールの缶には
関心がない。
何百もの
人々は家路に着き、
飛行機は飛び立ち
缶は捨てられ続けている。
人々を乗せたline
黒い水面を飛ぶ。
毎日まいにち
家と職場を行き来する人々。
次々と扉の中へ足を踏み入れてゆく。
そこかしこで吐き出されるためいき。
吐き出してまた
次へ進む。
毎日まいにち
水がゆらいでいる。
帰る
来る
行く
去る
つまりは
死ぬ
生きる
全ては
めぐり
回る
特定の人に降る雨
局地的な雨のことを
そう呼ぶ。
雨男が本当にいるならば
それは僕だった。
全ての行事という行事を
暗く分厚い雲の下で繰り広げ、
なにもかもを湿らせてきた。
仲間も家族も
僕を雨男と呼んでいた。
人が何かを待つ時
祈ることがあるだろう。
待たれる側も
待っていてくれと
願うことがあるだろう。
来ないでと祈り
降らないでと
願うこともある。
裏切られた時
期待外れな場合
祈りと願いをまぜこぜにして、
怒りや諦めに換える。
そうして出来上がった
雨男。
僕に降る雨は
外待雨。
雨を
待っている。
海の側にある
遊園地。
水面にも
遊園地。
初々しい二人が
ゆっくりと坂を登り始めた。
景色は徐々に
遠くまで繋がりだす。
手に汗握る側と
にこにこ笑う側が
隣り合わせで座り
山の頂点で止まった。
歯を喰いしばる側と
笑いが止まらない側。
猛スピードで
乱高下を繰り返す。
下り終えると
ほっとする側。
がっかりする側。
また坂にさしかかると
次の準備をする側。
わくわくが始まる側。
登り始めると
また
手に汗握る側と
にこにこ笑う側。
ここは
海の側にある
遊園地。
水面に映るも
遊園地。
丘に立っているのに
風がない。
遠くの街灯りは
だんだんと滲んできた。